飲酒は少量でも血圧を上昇させ、1日あたり純アルコール12gの摂取で収縮期血圧が平均1.25mmHg、48gで4.90mmHg高くなるとする海外の用量反応メタ分析がある[5]。日本の公的機関も、飲酒量が増えるほど血圧が上がりやすいことを指摘しており、これが脳出血のリスク上昇につながるとされる[3]。お酒と血圧の関係は「適量なら平気」という単純な話ではなく、疾患によって影響の出方が異なる点を公的資料に沿って整理する。
血圧・循環器への影響(公的見解)
お酒と循環器の関係は、長らく「少量なら心臓に良い」という通説とともに語られてきたが、近年の公的資料はより慎重な立場を示している。まず血圧そのものへの影響を確認し、続いて心筋梗塞などの他疾患との関係、そして通説の見直しの経緯を見ていく。
少量の飲酒でも血圧は上がる
厚生労働省のe-ヘルスネットは、「飲酒は少量から血圧を上昇させ、量が多くなるほど血圧上昇が起こりやすい」と述べている[3]。これは特定の多量飲酒者だけの現象ではなく、飲酒量が増えるにつれて連続的に血圧が上がりやすくなるという説明である。同資料は、この血圧上昇に伴って飲酒量の増加とともに脳出血のリスクが上昇するとも記している[3]。日常的にビールやワインを1杯程度で済ませているつもりでも、量が積み重なれば血圧への影響も積み重なる、という理解が公的資料の立場に近い。
用量反応関係を示す海外データ
血圧と飲酒量の関係を定量的に示した研究として、コホート研究を対象にした用量反応メタ分析がある。この分析では、飲酒なしの群と比較して、1日あたり純アルコール12gの摂取で収縮期血圧(SBP)が平均1.25mmHg、48gの摂取で4.90mmHg高くなっている[5]。拡張期血圧(DBP)についても、同様に12gで1.14mmHg、48gで3.10mmHgの差が報告されている[5]。この研究では、摂取量と血圧変化の間に明確な閾値(このラインを超えたら急に上がるという境目)を示す傾向は見られず、男女いずれの群でもほぼ線形の関係が確認されている[5]。つまり「ここまでなら影響がゼロ」という安全ラインを想定しにくいデータであり、量が増えるほど血圧への影響も比例的に大きくなるという見方が導かれる。
「酒は百薬の長」とJカーブ仮説の見直し
かつては、少量の飲酒が心筋梗塞などの循環器疾患のリスクを下げる「Jカーブ」現象が広く紹介されてきた。e-ヘルスネットも、少量の飲酒により心筋梗塞などの循環器疾患の発症リスクが下がるとする報告があること自体は認めている[2]。しかし同時に、結核や乳がんなど他の疾患のリスクが上昇するために、飲酒全体としてのJカーブを否定し得る報告もあると注意を促している[2]。循環器疾患だけを切り出せば少量飲酒に利点があるように見えても、他疾患のリスクを合わせて考えると話は単純ではない。少量の飲酒に何らかの利点があるとしても、それを理由に飲酒を勧める根拠にはならないという立場が、この資料からは読み取れる。
家庭で赤ワインを1杯飲む習慣を「心臓に良いから」と説明する場面をよく見かけるが、公的資料を読む限りその理由づけは慎重に扱うべきだと編集部では考えている。心臓に良いとされる報告と、他疾患のリスク上昇を指摘する報告の両方が存在する以上、良い面だけを取り出して習慣化の根拠にするのは早計だろう。
純アルコール量と量の考え方
血圧やがんなど疾患ごとのリスクを比べるとき、酒の種類や飲み方によらず飲酒量を揃える基準として使われるのが純アルコール量である。ここでは、この指標の考え方と、疾患ごとにリスクが上がる目安を確認する。
純アルコール量とは
純アルコール量とは、ビールでも日本酒でもウイスキーでも、飲料に含まれるアルコールそのものの重さを指標化したものである。度数や量が異なる酒類同士を比較するとき、この指標を使うことで「どれだけの酒を飲んだか」ではなく「どれだけのアルコールを摂取したか」という共通の基準で語ることができる。厚生労働省のガイドラインも、疾病別の発症リスクが上がる飲酒量をこの純アルコール量(g)で示している[1]。
疾病ごとに異なる発症リスクの閾値
厚生労働省の「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」別添は、飲酒量が少ないほどリスクが少なくなるという報告を紹介した上で、疾病によって発症リスクが上がる飲酒量の目安が異なることを示している[1]。具体的には、高血圧や男性の食道がん、女性の出血性脳卒中では、たとえ少量であっても飲酒自体が発症リスクを上げてしまうとする研究結果が示されている[1]。一方、大腸がんについては、1日当たり20g程度(週150g)以上の飲酒を続けると発症の可能性が上がるとされており、疾病によって「少量でもリスクが上がる」タイプと「一定量を超えるとリスクが上がる」タイプがあることがわかる[1]。
| 疾患 | リスクが上がる飲酒量の目安 | 出典 |
|---|---|---|
| 高血圧 | 少量でも発症リスクが上がる可能性がある | [1] |
| 男性の食道がん | 少量でも発症リスクが上がる可能性がある | [1] |
| 女性の出血性脳卒中 | 少量でも発症リスクが上がる可能性がある | [1] |
| 大腸がん | 1日当たり20g程度(週150g)以上で発症の可能性が上がる | [1] |
このガイドラインは、飲酒による疾患への影響には個人差があるとも明記している[1]。したがって表の目安より少ない量を心がければ発症しないと保証できるわけではないが、当該疾患にかかる可能性を減らせる可能性があるという書き方になっている[1]。血圧に関しては大腸がんのような「この量までは安全」という線引きが示されておらず、量が少ないほど望ましい方向に働くという理解が公的資料の立場に近い。
適量の考え方(節度ある飲酒)
血圧への影響が少量からでも生じ得るとなると、「適量」という言葉の意味も見直す必要がある。ここでは体質差の問題と、血圧以外の生活習慣病との関わりを見ていく。
体質差とALDH2遺伝子
e-ヘルスネットは、飲酒の許容量が個々人で大きく異なる背景として、アルデヒドの分解に関わる遺伝子(ALDH2)の働きを挙げている[2]。この遺伝子の活性が弱い人は、ごく少量の飲酒でも顔面紅潮や動悸、嘔気、頭痛といった不快な反応を起こすとされる[2]。同資料は、循環器疾患への影響だけを理由に少量の飲酒を勧めるべきではなく、体質的にお酒が飲めない人や、多くの理由で飲酒の習慣がない人に無理に飲ませることがないよう注意を促している[2]。血圧やJカーブの議論を読んで「少しなら飲んだほうが良いのか」と考える読者もいるかもしれないが、体質差を踏まえればその発想自体が誰にでも当てはまるわけではない。
生活習慣病との関わり(脂質・糖尿病)
血圧以外の指標では、飲酒と脂質異常症・糖尿病の関係も複雑である。e-ヘルスネットによれば、飲酒により中性脂肪が増加することはよく見られる現象であり、一方で動脈硬化を抑制するHDLコレステロールも飲酒で増加する人が多いとされる[3]。中性脂肪とHDLコレステロールは一方が高いともう一方が低くなるシーソーのような関係にあり、どちらがより強く出るかは飲酒量に加えて遺伝的な個体差にもよる[3]。糖尿病については、少量飲酒で発症リスクがわずかに低くなり、多量飲酒でリスクが上昇する傾向があるとされている[3]。血圧が「少量からでも上がりやすい」指標であるのに対し、脂質や糖尿病は量や体質によって現れ方が変わる指標であり、同じ「飲酒と生活習慣病」というテーマの中でも一律に語れない点は覚えておきたい。
節度ある飲酒という考え方
以上を踏まえると、「適量」とは万人共通の固定値ではなく、疾患ごとのリスクの出方と個人の体質を踏まえて自分なりに小さくしていく量、という理解になる。次のような点を踏まえて飲酒量を考えることが、公的資料の立場に近い姿勢と言える。
- 高血圧や出血性脳卒中のように、少量からでもリスクが上がり得る疾患があることを前提に量を決める
- ALDH2の働きが弱く、少量の飲酒で不快な反応が出る場合は、その体質を無視して量を増やさない
- 大腸がんのように一定量(1日20g程度、週150g)を超えると発症可能性が上がる疾患もあるため[1]、「たまに多く飲む日」を作らないよう心がける
20歳未満の飲酒および飲酒運転は法律で禁止されている。妊娠中・授乳中の飲酒は、胎児・乳児への影響が指摘されており厚生労働省が控えるよう強く推奨している。持病があり治療中の人、服薬中の人は、飲酒の可否や量について医師に相談する必要がある。
受診の目安
飲酒と血圧の関係を知った上で、実際に何を指標にすればよいか、どのタイミングで医療機関に相談すべきかを整理する。
血圧の管理目標という視点
厚生労働省が示す「健康日本21(第三次)」の目標一覧では、循環器病対策の指標のひとつとして「高血圧の改善」が掲げられており、その評価指標として収縮期血圧の平均値(40歳以上、内服加療中の者を含む、年齢調整値)が国民健康・栄養調査から算出されている[4]。これは個人の健康診断結果を直接評価するものではなく、集団としての血圧水準を追跡するための指標だが、血圧が国レベルの健康施策で継続的に監視されている項目であること自体は、飲酒量を考える上での目安になる。血圧は年齢や服薬状況によって基準の考え方が変わるため、健診結果の数値を自分だけで判断せず、医療機関での評価を基準にする姿勢が妥当である。
こんな場面では医師に相談を
家庭での血圧測定や健診の結果が気になる場合、あるいは飲酒後に動悸や顔面紅潮、頭痛といった症状が続く場合は、自己判断で飲酒量を調整するよりも先に医療機関に相談することが望ましい。特に高血圧の治療薬を服用している人は、アルコールと薬の相互作用や、飲酒が治療効果に与える影響について医師に確認する必要がある。持病の有無にかかわらず、血圧に関する数値や症状に不安がある場合は、この記事で紹介した公的資料の内容を参考情報としつつ、最終的な判断は医療従事者に委ねるべきである。
結論
公的資料を整理すると、飲酒と血圧の関係は「少量なら安全、多量なら危険」という単純な線引きでは説明できない。血圧そのものは少量の飲酒からでも上昇し得る指標であり、はっきりした閾値を示すデータも見当たらない[3][5]。その一方で、大腸がんのように一定量を超えてからリスクが上がる疾患もあり、疾患ごとにリスクの出方が異なる点を踏まえた理解が必要である[1]。編集部としては、飲酒量を減らせば発症を避けられると保証することはできないが、量を控えることでリスクを下げられる可能性がある、という公的資料の慎重な言い回しをそのまま受け止めるのが妥当だと考えている。健診で血圧の値が気になった読者は、まず純アルコール量という基準で自分の飲酒量を振り返り、疑問や不安があれば医療機関に相談するところから始めるとよい。
参考文献
- 厚生労働省「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」別添(2024年2月)
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001211974.pdf - 厚生労働省 e-ヘルスネット「アルコールと循環器疾患」
https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/alcohol/a-01-004.html - 厚生労働省 e-ヘルスネット「アルコールとメタボリックシンドローム」
https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/alcohol/a-01-005.html - 厚生労働省「健康日本21(第三次)の目標一覧」
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001707761.pdf - Alcohol Intake and Blood Pressure Levels: A Dose-Response Meta-Analysis of Nonexperimental Cohort Studies(PMC10510850)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10510850/
